経営者向け「孫子」入門(15) 指揮統率に悩む。

IMG_1645 経営の3要素は人、モノ、金といいますが、孫子勢篇第五の中に、「孫子曰、凡治衆如治寡、分数是也。闘衆如闘寡、形名是也。」とあります。「多数の統率も少数の統率も同じことである。要は、組織・編成の問題である。同様の意味において、多数の指揮も少数の指揮も、また同じである。要は配備と信号・合図といった通信、連絡、指揮の問題である」といいます。経営の三要素のうち優劣を無理やりつけるとすれば、一番重要なものは「人」であるということが言えるでしょう。

孫子は人の統率や指揮連絡は数の多い少ないを問題にしないといいます。一般的に大企業の部長より中小企業の社長のほうが統率が容易であると一部に言われていますが、実はそのようなことはありません。「利益責任を負う」社長は、最終的には上司が存在する部長より指揮統率は困難なのです。といってもなかなか説得力はないのですが、社長の養成は社長の疑似体験をする以外に方法はないのです。孫子が人数の多少を問題にしないといったのは慧眼、古典というものはそういう性格のものです、です。時の経過を経てもなお残る書物には考えを巡らすことが多いと考えるものです。

とは言うものの、大企業の統治と中小企業の統治では一点だけ異なる要素があります。それは、社長と従業員の階層の数です。企業が成長する過程において、ある段階を超えると階層が発生します。ある段階とは「他人を雇う時」です。これは企業規模の拡大に伴って、権限移譲をする必要が生じるためであり、統率を誰に任せるかということを判断することが社長の仕事になります。このようなことを官僚化といい、今までは仕事の全体を見ることができた社長が一部を他人に任せる状態が発生します。

では統率を「他人に任せる」時に有用になるものが何か、を考えるにあたりこのコラムでは恒例になった『事業システム戦略』を紐解きますと、第6章にあるように事業を支える「理念」です。理念には、事業は何のために存在するかという理念目的と、事業をいかに行うのかを判断する経営行動についての考え方の基礎の2つを明らかにする役割があるといいます。リッツカールトンでは「クレド」と呼ばれる冊子にまとめられて持たせて、全従業員が判断に困ったときに「クレド」を参照するといいます。

ほとんどの企業において「理念」や似て非なる「社是」があります。社是は判断の基準とはなりえないという批判があることは承知していますが、社是はなぜ事業を行っているかを記載されているものですから、全社を一丸とするためのベースには成り得ると思います。成文化された理念という名の文書は少ないのかもしれませんが、社是にも社業の方向性を明らかにする性格があります。他人を動かすときに必要となるものは原理原則に立ち返ることになります。

社是や経営理念には、この事業はなぜ行うのかという理念目的と、事業をどのように行うのかという経営行動についての基本的な方向性を与えることになります。社是や経営理念は社長室のみに掲げるものではないと思うのですがどうでしょう。

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