システムをめぐる派手な戦い 解題(4)

1.  絶対に負けられない戦い

これはサッカーワールドカップアジア予選のことではありません。

1942年のカサブランカ会議により、太平洋戦線におけるアメリカ軍の進路は中部太平洋を西進するルートを主力とするものの、マッカーサー将軍をなだめるために南西太平洋からフィリピンを侵攻する二股ルートを採用することになりました。中部太平洋を西進するために、当時世界史上最大最強の第5艦隊を編成し、前年まで一介の海軍少将であったスプールアンスを中将に引き上げ司令官に任命します。

 

ガダルカナル攻防戦に始まるアメリカ軍の反攻作戦の結果、1944年までには日本軍はアメリカ海軍に「三部の勝ちはない」(古賀峯一連合艦隊司令長官談)ところまで追い詰められました。太平洋戦域で広げ過ぎた戦線を一気に後退させ本土防衛を実現する目的で「絶対国防圏」を制定し、その要としてマリアナ諸島を定めました。中部太平洋を進軍するアメリカ軍とマリアナ近海ないしはパラオで邀撃し、アメリカ海軍第5艦隊を殲滅目的で決戦を挑みます。この決戦に勝利する目的は、敵艦隊を殲滅することによって有利な条件で講和することにありました。少なくとも、決選前までは、マリアナ沖の海戦は日本軍にとって「負けるはずのない戦い」でした。

 

2.  日本軍の作戦目的

 

先に示した通り日本軍は「わが決戦兵力の大部を集中し、敵の主反攻正面に備え一挙に敵艦隊を覆滅して敵の反攻意図を挫折せしむ」と事を意図として投入可能な全兵力を集中することを決意します。敵はカサブランカ会議により「無条件降伏」を求めるまで戦うことを決意しているため、犯行意図を挫折させるという作戦意図が実現したのかどうか怪しいのですが、とにかく犯行意図を消失させる目的で「この一戦」にかけてきたことに間違いありません。

 

この作戦のために日本海軍が動員した兵力は次の通りです

 

航空母艦9

 

航空機439(諸説あり)

 

戦艦5

 

重巡洋艦11

 

軽巡洋艦2

 

この数値は日本海軍が動員した兵力では過去最大で、この戦闘にかけてきたかがわかるかと思います。

 

 

 

3. アメリカ軍の作戦目的

 

北マリアナ諸島を占領することにより、太平洋の制海権を日本から奪い、かつB-29戦略爆撃機を連日出撃させることができます。このために、アメリカ軍は北マリアナ諸島攻略作戦フォレージャー作戦(「掠奪者作戦」)を実施することにしました。フォレージャー作戦において第5艦隊に課せられたのは「サイパン島攻略部隊を擁護すること」です。実のところ第5艦隊スプールアンス司令長官はこの作戦目的を堅持したことによりアメリカ海軍航空関係者から批判を受けますが、作戦目的を実現するために大小15隻の航空母艦950機のうち、約半数の450機を戦闘機にします。防御重視の部隊編成を行ったことは、軍艦を撃沈する可能性は下がりますが、作戦目的を実現しやすくなります。

 

なおこのために動員された兵力は次の通りです。

 

航空母艦 15

 

航空機 900(うち450機が戦闘機)

 

戦艦 7

 

重巡洋艦8

 

軽巡洋艦12

 

駆逐艦67

 

 

 

4.Great Marianas Turkey Shoot

 

マリアナ沖海戦(The Battle of Philippine Sea)は、日本海軍の完敗に終わります。負けるはずのない日本海軍の作戦計画が全く通用せず、作戦運用も失敗に終わります。作戦計画が通用しなかったのは計画がアメリカ軍に漏れていたからであり、運用が失敗に終わったことに関してはいろいろと言われていますが、一番の理由は日本海軍首脳部の理解を超えた戦況の推移であったことと考えることが妥当でしょう。でなければ、Great Marianas Turkey Shoot「マリアナ沖の大七面鳥狩り」と呼ばれるような、160キロ手前からの来週の察知に基づく無線管制による戦闘機の誘導、近接信管を使った対空砲火による航空機の撃墜劇が起きることはありません。

 

北マリアナ諸島防衛の失敗は、事実上、日本海軍の消滅を意味したのですが、日本海軍内で当時それを理解した人間はいませんでした。この戦いで日本軍が失ったのは艦船ではなく「航空機と航空機搭乗員」であり、特に搭乗員を要請することは爾後不可能となります。「空と海をめぐる争い」にとって潜在的な航空戦闘能力を奪われた日本海軍はこれ以降近代海軍としての作戦遂行能力を失います。また、太平洋の全域にわたり制海権はアメリカの手にわたり、沖縄からの小学生の疎開について安全航行を担保できなくなり、「対馬丸事件」は置きます。

 

戦闘の詳細は戦史叢書「マリアナ沖海戦」を読んでいただくとして、戦史叢書の総括を掲載します。「この敗戦により、機動部隊としての戦力を喪失し再起不能となった。(注略)海軍は「あ」号作戦は相当な自信を持って臨んでおり、陸軍も(中略)確信を表明した。しかし、結果は完敗に終わり(中略)、要は圧倒的な兵力差、兵器の性能及び術力の優劣、知的手段の相違が勝敗を左右したとみるべきであろう」とあります。特に、民間に出回る戦史本で「知的手段の相違」について言及したものはあまりありませんが、我々は事業構築を考えるにあたり「知的手段」について考慮しないというわけにはまいりません。何も事業は収益事業だけではないのです。戦争システムの何が問題だったのかという点から教訓を得ることは出来ると考えています。

 

5. 参考文献

 

 戦史叢書 「マリアナ沖海戦」 防衛庁防衛研究所戦史室著 1968年 朝雲新聞社

 

 CW・ニミッツ & EB・ポッター実松譲・冨永謙吾訳『ニミッツの太平洋海戦史』 1992年新装版 ISBN 4-7704-0757-2

 

B.H.リデルハート上村達雄訳 「第二次世界大戦」 ISBN:978-4120029257

 

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