システムをめぐる派手な競争 解題(1)

1.なぜ「マリアナ諸島をめぐる戦い」なのか

 本コラムは、加護野忠男・井上達彦著『事業システム戦略』を読むことを唯一の目的とし、戦争について何か意見をしようとしているものではありません。ただ当該書籍の序章に「事業システムの博物学」として、事業システムをめぐる静かな争いについて述べられています。静かな争いであるがゆえにイメージがわきにくいと思われるため、若干静かではない争いを通じてシステムをめぐる争いについて検討をしようと試みるものです。

 

Samuel Eliot Morison in his official U.S. Navy portrait

「マリアナ諸島をめぐる争い」とは現在で言えば、サイパン、グアム、テニアンをめぐる争いを言い、これら

島々の上陸作戦、上陸群を護衛する空母打撃部隊間の戦い、上陸部隊による掃討作戦によって構成されます。特に、ここでは空母打撃部隊間での争いに主たる焦点を当てます。なぜならば、大日本帝国海軍(文中以下帝国海軍という)は、日露戦争以降、太平洋を西進するアメリカ太平洋艦隊をマリアナ諸島沖で撃破するという戦略構想に従って建造されたのですが、ESモリソン博士やベイジル=リデルハート卿が評価したように「日本海軍は近代海軍としての戦闘能力を失う」結果に終わったことによります。

 実は、戦後明らかになるのですがアメリカ海軍の「オレンジプラン」によれば、日本海軍をマリアナ諸島沖で殲滅するという作戦構想を持っていましたので結果として日米両海軍とも意図した戦場において決戦を挑んだことになりました。ただ、異なったのは戦前において日米両海軍ともマリアナ諸島沖で「日本海海戦」の再現を意図していたのですが、実際に起きたのは空母打撃部隊間による艦隊決戦でした。1944619日から20日にかけて行われた「マリアナ沖海戦(フィリピン海海戦)」がこれに当たります。「マリアナ沖海戦」の結果、帝国海軍第一機動艦隊(私がこのコラムで言っている空母打撃部隊)は飛行機と搭乗員を補充することが不可能になることから、再起不能になります。ただ、沈没した艦船が他の海戦で沈没した軍艦より少ないという事実をもって、日本の戦史研究家で「マリアナ沖海戦」を重要視する人は多くありません。

 では、ESモリソン博士やベイジル=リデルハート卿といった米英を代表する戦史研究家(ESモリソン博士が執筆した「太平洋海戦記」は公式戦史のないアメリカ海軍の太平洋艦隊戦史において公式戦史時殉じるものとして扱われますし、リデルハート卿は「将軍を教える大尉」というコピーがある20世紀を代表する戦史研究家の一人です)が「事実上日本海軍が消滅した」と評価したのか、「システムをめぐる争い」がこの中に隠されているのではないかと読み取れたので「事業システムをめぐる争い」に対処するとはどういうことなのかについて参考になることがあると判断しました。太平洋戦争の推移が「海と空をめぐる争い」であることが読み取れるならば、ESモリソン博士やベイジル=リデルハート卿が注目するのと同じように、我々日本人も注目する必要があると思いますし、どのようにすればシステムをめぐる争いを生き残ることができるのかのヒントを得ることができるのではないかと考えるのです

2.「戦訓」を学ぶ必要などあるのか

「戦訓」を学ぶとは、そこから教訓を引き出すことができる場合にのみ行う作業となります。一般論として戦訓を学ぶ目的は、将来の作戦に備えるためという、普通に歴史を学ぶ理由と同じです。歴史上の事実を通じて、将来をどうするかについて考えることにほかなりません。我々が「歴史的事実」と称するものはあくまで我々が今をどう考えているかを反映しています。私は今の社会状況では「マリアナ沖海戦」から教訓を得ることができると考えていますので、マリアナ沖海戦を検討することに価値があると思います。

 我々は「事業構築」を通じて競争優位に立つことを目標としています。帝国海軍が設計した「戦争遂行システム」がアメリカ海軍の設計した「戦争遂行システム」と何が違って、帝国海軍は「近代海軍としての戦闘能力を失う」結果に終わったのかを検討することを通じて、自らの「事業構築」をすると有用ではないかという仮説に立脚して本コラムを執筆しています。戦争から何かを引き出すのではなく、戦争を行った「人間の行為」から何かを引き出すことは有用であると思います。

 戦史、特に太平洋戦争史を研究することは私の趣味ではあるのですが、経営戦略を考えるにあたって、戦史そのものを知ることは何の役にも立ちません。しかし、戦史を通じて、経営戦略を構築するのに必要な視座を与えてくれると考えています。そもそも「戦略」という概念が兵学上の概念です。現時点において、科学的な方法で戦略を学ぶ唯一の方法が戦史から教訓を引き出すこととなっています。これは戦略論が経験科学であり、現実に実験をすることができないから歴史的事実を通じて学ぶという方法論を取っていることに由来します。このため、米軍や自衛隊のCGS課程には必ず『戦史研究』があります。

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