事業再構築を考える(1)  『この鉄道は日本国民の叡智と努力によって完成された』

東京駅18番および19番ホームに向かう階段脇にひっそりと「この言葉」は存在します。誰が言ったかはわからない「この言葉」の背景を事業再構築の面から考えるのが今回の目的です。「この鉄道」を建設する意思決定をするにあたり、当時の大蔵省官僚が「昭和の三大バカ査定」の一つに数え上げたり、時代遅れの鉄道建設資金8000万ドルを世界銀行から借り入れるとはばかげているという声もありました。事実、経営史において20世紀は自動車の世紀であることから、高度背経済成長を見越せば高速道路網に資金を振り向けることが妥当とすることが自然であると私なら考えるのですが、今回の主人公十河信二はそうは考えなかったので、東京駅18番・19番ホーム大阪寄りの一番端から毎日東京駅を発車する「この鉄道」の全列車を見送ります。

今回、「この鉄道」を取り上げる背景は「日本国民の叡知と努力」が鉄道産業の寿命を少なく見積もっても50年延長することになったからです。2012年現在、シャープ、ソニー、パナソニックを中心とする電器産業がいずれも赤字に転落し、事業再構築を迫られています。しかし、日本国民の叡知と努力は「この鉄道」の建設を通じて鉄道産業を再構築した実績を持っているのですから、この建設の事実から事業の再構築のためのヒントを見つけ出すことはできるはずだと私は思います。今回は東海道新幹線の開業から運行までのプロセスを検討することを通じて、今後活発化すると予想されるリストラクチャリングを行う際に考慮しなければならない事項と、リストラを通じて社会に与える影響の大きさを検討したいと考えています。

「この鉄道」とは東海道新幹線であり、東海道新幹線は十河信二第4代日本国有鉄道総裁を中心にして建設された『作品』です。先にも触れました通り、20世紀における輸送産業の花形は自動車であって、鉄道ではありませんでした。東海道新幹線が建設された1960年代は名神高速道路が建設された時代であり、本邦において本格的にモータリゼーションが到来するタイミングと一致します。このような時代背景の中で斜陽化産業の鉄道に逆風が吹く中、過去に例のない高速鉄道を建設し運行することになったからには相当な合理性がそこには存在するはずです。逆風が吹く中で事業を構築することがまさしく事業再構築、すなわちリストラクチャリングであり、東海道新幹線はリストラクチャリングを行うための優れた教科書を我々に提供してくれると私は思います。リストラクチャリングを考えるにあたって東海道新幹線を取り上げるのは私の趣味も含まれると思いますが、産業の寿命を50年延ばしたこと、我々のライフスタイルを少なからず変化させたことを考えると、題材の選択について誤っているとは思っていません。

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