事業コンセプトとスローガン 解題(1) なぜSONYか

1.”Digital Dream Kids”を取り上げた背景

 

”Digital Dream Kids”を提唱したのは出井伸之氏(文中以下出井さん)です。なぜ出井さんなのかということですが、理由は2つあります。

 

第一は”Digital Dream Kids”というコンセプトを提唱してすぐにグロービスMBAシリーズのうち「アカウンティング」「経営戦略」でソニーを取り上げたこと、特に「経営戦略」の中で極めて戦略的なスローガンとして”Digital Dream Kids”の解説を試みたことです。グロービスのMBAシリーズはグロービス経営大学院で教科書に採用されているということで、その特徴は欧米のビジネススクールを出ている人間が読んで「読むに堪える」書物にすることにあるそうです。彼らがSONY”Digital Dream Kids”を取り上げたのは文字通り欧米のビジネススクールを卒業した人間の目から見て「変ではない」ということでしょう。裏を返せば、普通の日本人の中小企業経営者から見れば変に見えるのです。

第2は、出井さんはソニーCEO在任中に自ら一般向けに解題を行ったことがあります。著作を数冊新潮社から出版しています。それらのうちの第1冊目の解題である「ONOFF」の奥付に出井さんは次のように紹介されています。「1937年」東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。1960年ソニー入社。1962年スイス留学。二度にわたるスイスでの勤務ののち、1968年から1972年までパリに赴任、ソニーフランス設立に従事。その後、オーディオ事業部長を経て、1989年取締役、1994年常務取締役。19954月、大賀典雄氏の後を承け社長に就任、”Digital Dream Kids”のスローガンを掲げ、SONYのデジタル化/ネットワーク化を積極的に推進。現在(引用者注2003年)会長兼グループCEO、また経団連副会長、ネスレの社外取締役。IT戦略会議の議長も務めた」とあります。この本が出版された背景はソニーが内外で最も注目を浴びていた企業の一つであり、そのグループCEOは自他共に認める名経営者が書いた書物であるから売れる、と出版社が踏んだことにあります。通常、企業経営者がエッセイ、コラムを発表することがないことを考えると稀有な存在であり、在任当時に何を考えていたのかを表明している数少ない経営者であるということから取り上げています。まさか、文庫版が出版された年度に「ソニーショック」が起きるとはだれも思っていなかったと思います。

この、一般社会から見れば変なのに特定の住人から見れば素晴らしい経営者であるという特徴を持っているスローガンを採用した経営、というものを通じて事業コンセプトとスローガンを考察したいということがSONY”Digital Dream Kids”を取り上げた理由となっています。さらに、”Digital Dream Kids”を含んでSONYグループCEOとして何を考えたかについて、片鱗を見せているということも出井さんを取り上げる要因です。

2.出井伸之さん登場の背景

 出井さんは、ご本人の弁によればSONY初の専門経営者として選任されます。専門経営者という表現をすると経営のプロフェッショナルをさすように聞こえますが、実は創業者ではないという意味で使われています。SONYで初めて創業者がいない中で社長に就任した、新卒で入社して社長まで上り詰めた人間として選任されます。先に経歴を示した通り、勤務期間のほとんどをマーケティング担当として海外で過ごしている人物です。オーディオ事業部長に就任しますが、これはご本人の弁によると「半ば強制的に」就任したもので、成果を上げたというわけではありません。社長就任前はMSX事業で若干の成功を収めたものの、ほかには成功を収めたという業績はなかったらしいのです。出井さんを社長に指名した大賀氏の言葉では「彼はオーディを経営者としては成功していません。これまでの業績ではなくこれからの業績にかける」ということを言ったらしいのです。大賀氏が後見人としてふるまうということでしょうか。

 

Sony Headquarters By Shuichi Aizawa from Tokyo, Japan

 さて、SONYという企業は我の強い技術者の集まりであり、技術者指向の企業です。このため、伝統的に技術の素養がある人間が社長に就任していました。創業者の井深氏、2代目の盛田氏、岩間氏、大賀氏と技術者ないしは技術的素養のある人間が社長に就任しています。技術者でないと技術者集団を束ねられないということでしょう。このような企業文化である中で「文科系経営者」である出井さんがSONYを経営しようとしたときに、事業コンセプトを表現したスローガンを使ったということになります。その際のスローガンが”Digital Dream Kids””ReGeneration”です。「デジタル機器に目をキラキラさせる子供たち」「第2の創業」を実現する事業コンセプトを再構築しようという試みが行われたのですが、その試みの結果をコラム、エッセイ、論文という形で出版している点が他の企業とは異なる出井さんの特徴です。

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