経営者向け「孫子」入門(12) 先ず勝つ可からざるを為す

IMG_1323 孫子軍形篇第四の中に、「昔之全戦者、先為不可勝、以待敵之可勝。」という一文があります。読み下し文では「(孫子曰く、)昔の善戦う者は、先ず勝つ可からざるを為して、以て敵の勝つべきを待つ」となります。まずは不敗の態勢を構築し、その後に敵が弱点を暴露することを待つといいます。このため、自身に対して不敗の態勢を施すことができるけれども、自分の手で敵を敗けやすい態勢にすることは出来るとは限らないということを導きます。このように読んでいくならば、敵、すなわち競争相手に依存する「敗けやすくする態勢」ではなく、自身の手でできる「不敗の態勢」を検討し、構築することが自分のビジネスを成功に導くための第一歩となります。

実は孫子第四篇は「防禦」を重視します。脱線しますが防禦は自分の意思で構築することができるものの、どこから侵攻するかを選択するのは攻撃側の特権です。1944年6月に行われたサイパン島攻略戦闘も、ノルマンディー上陸作戦も守備側が主戦場として選択した場所ではないところから攻略部隊が侵攻しました。逆に昭和20年の硫黄島攻略戦は防御側が予測した場所に攻略部隊が侵攻する事案として存在します。ビジネス上の経営戦略として考えることの出発は、自分の手で考えることができる「防禦」を検討するという孫子の見解に従ってみるのもヒントになるのではないか、ということになります。

では孫子を補助線にして『事業システム戦略』を紐解くときに、第一章2「事業の仕組みの基本設計」を見てみると、先ずは分業制をとり自分が提供する範囲を決めることが最初の選択となります。手前味噌で申し訳ありませんが、自身で行うことと専門家を使うことの線引きもここで考える必要があります。例えば、零細企業において「税理士に経理面のどこまで何を頼むか」は重要な経営上の意思決定です。またフォーブスだったかと思いますが日本唯一のコングロマリットである日立製作所やトヨタ自動車ですらすべてを自社で行うことは出来ません。ここまでで言いたいことは、すべてを自社で行っているかに見える大企業ですら自社ですべてを行うことができないということです。

不敗の態勢を構築することは自分のなすことであると孫子は言います。加護野先生は自社で行うことができる初めの一歩は「事業の幅と事業の深さの選択」である、といいます。事業の幅とは「自社が手掛ける事業分野」をいい、例えば日立製作所は「世界で唯一の鉄道事業を自社のみでソリューションを提供できる企業」といわれていますが鉄道の運行を行いませんし、トヨタ自動車であってもすべてのラインナップをそろえるには子会社の日野自動車とダイハツが必要となります。

これに対して事業の深さは「職能分野の範囲」を言います。実は職能分野の範囲について会計上の用語で説明するならば、事業活動のどこまでを変動費にして、どこからを固定費にするかですが、これを言い換えるならば、どこまでを外注化するかです。管理会計の世界では外注化=変動費化です。最初に言った敗けない態勢を構築するのは自社で決定ができるからということを思うなら、安易に外注化することは出来ないものの、零細企業にとっては費用負担の観点からなんでも固定費化できないのです。従ってどこまでの職能を自社に持つというのは極めて重要な経営上の意思決定であり、オリジナリティーを要求される意思決定です。