太史公史書を読む(1)

太史公史書はその作者「司馬遷」と記載様式「紀伝体」を中学校の歴史の時間に学習します。太史公はなぜ史書を記載したのかについては、太史公史書百三十編の最後の一巻「太史公自序第七十」でその意図を明らかにしていますので、編纂意図についてはご本人の弁に従うのが筋ですから我々が何を言わんかについては別にどうこういうことはないと思います。

 

 

 

 

 

太史公史書百三十巻全体の構成は次の通りです

 本紀 十二巻

 書 八巻

 表 十巻

 世家 三十巻

 列伝 七十巻

太史公史書が記載する時代は五帝時代から前漢の武帝時代までを対象とし、司馬遷は武帝から宮刑に処せされるため武帝時代は同時代史となります。

 

太史公史書と今までは表記していましたが、これからは現在の慣例に従い『史記』と表記します。21世紀を生きる我々が史記を読むのは史記が扱う時代から教訓を引き出すことより、司馬遷が歴史書を書こうとした動機と、記載をした内容の根拠を何に求めたのかではないでしょうか。我々が歴史を学ぼうとするとき、昔に何が行われたかを知ることを目的とすることは通常ありません。歴史に学ぶということは、今を生きるための手掛かりを求めること、今行っていることについて正当性を求めることが動機となります。司馬遷が五帝本紀を書いたのも、司馬遷が生きていた時代に存在した五帝時代の記録を整理し、真実と思われるものを記載したとあります。また、この記載によって前漢時代を理解しようとしたことも間違いありません。21世紀の日本を生きる我々が『史記』を読むのは、日本人を含む東洋人が持つべき教養を明らかにすること、他国の歴史を学ぶことによって他国の実情を理解しようと試みること、現在を生きる人間として記録を残すことによって後世に知識を伝承しようとすることがあると思います。

『史記』が編纂されたのは前漢時代です。前漢時代までに、中国人は記録を残して後世に伝承しようとする意図を持っていたということ、また、記録による伝承の力を信じていたということを意味します。我々も、記録を残して伝承するということを求められる姿勢を持つ必要があるということです。