事業コンセプトとスローガン 解題(3) 迷いと決断

CEOの仕事は迷いと決断ですね

「迷いと決断 ソニーと格闘した10年の記録」は出井伸之氏がSONY CEOを業績不振?で取締役を辞任した後に出された回想録です。出井氏が格闘した相手とは、プライドの高い、それでいて収支には疎いエレクトロニクス技術者集団という企業体としてのSONYであったように読めます。出井氏がSONYで実施しようとしたことは、資本効率を考えた経営をすること、ICTAVの融合による新たな企業像の構築、エンターテイメント産業の収支改善、中流階級を対象とした金融ビジネスの展開であったように読めます。全社員をこの方向性に向けるために提唱したスローガンが「デジタルドリームキッズ」と「リ・ジェネレーション」でした。出井氏が制作した最大のプロダクツがこれらスローガンであるという意見が散見されますが、社外の受けはよかっても、社内にはどうも伝わらなかったような印象を受けます。

出井氏がSONYの社長を引き受けた1995年といえばWindows95が販売され、パソコンという道具を経由してインターネットが家庭に入ろうとしていたタイミングです。MSXパソコンでコケ、ワークステーションもパッとしなかったとはいえ、まさにパソコンが家電になろうとしていたタイミングでした。MSX事業やワークステーション事業を統括していた出井氏の目からするとICTAVの融合は自然な発想だったと思います。問題なのはSONYというブランドがAVのブランドとしてダントツのブランド力を持ち、アナログ放送機材ではほぼ独占的に供給し、コンシューマ向きAV機器でもトップブランドであったということだった点です。大多数の人間は今でもSONYをエレクトロニクス企業であると思うでしょうし、当時ならばさらにそう思うはずです。もし、出井氏のスローガンが響かなかったとすれば「SONYはエレクトロニクス企業である」という多数の人間の思いだったと思います。もし、手だてがあったとすれば「危機の演出」ぐらいでしょう。

 

2.SONYと松下電器産業

 2012年から13年は日本のエレクトロニクス企業は全滅の体たらくを呈していますが、その中でもSONYPanasonicは双璧をなしています。SONYも松下電器産業も事業セグメントを組み替えてガバナンス機構を操作することによって生き残ろうとしました。松下電器産業が業績が悪いときはSONYは業績が良く、SONYが悪いときは松下電器産業は業績が良かったのがこの10年の動きですが、去年あたりからは仲良く同じような動きをしています。この2社はコンシューマー向けエレクトロニクス企業である点は同じですが、それ以外についてはPanasonicはエレクトロニクス企業の範疇から外に出ていないのに対して、SONYはエンターテイメントと金融に進出している点が違います。多分この多角化の差が決算の差をもたらしています。

 さて、SONYの場合出井伸之氏が数冊の回顧録やエッセイを発表していますが、それに合わせて「元ソニー社員」が「出井伸之氏がソニーをダメにした」という回顧録を出版しています。これに比べてPanasonicは中村邦夫元会長がPHPで書物を出したぐらいで、元Panasonic社員の回顧録というものが出てきません。あえて言えば弘兼憲史氏「社長島耕作」くらいではないでしょうかね。松下電器産業モデルとなってる「初芝電器産業」を描いている。この点にSONYPanasonicの企業風土の違いがあるように思います。出井氏がSONYではなくPanasonicにいれば違った結果になっていたかもしれません。「迷いと決断」において問題点があるとすれば「CEOは結果責任しか問われない」ということです。特に専門経営者は企業価値を増大させた、すなわちより安定的な状態に企業をポジショニングすることが任務であるという視点がないような気がします。出井氏は資本市場に向いて発言をしていたことは間違いないと思います。

 ただ、証券アナリストなどの社外の批評家や、「元従業員」などの批評に対して反論することは控えないといけないということになります。結果が出ていれば反論ができますが、結果が出ていない時は反論できないのがCEOの悲しい性です。

 

 

余談ですが、後悔することがわかっていても決断を下さなければならないということはつらいです。