事業再構築を考える(3) 「そうだ、シンデレラエクスプレスをブックマーク」

1.東海道新幹線利用顧客の特性

鉄道会社にとっての最大の商品はダイヤグラムであり、2番目の商品は車両です。このため、鉄道会社における通常のセールスプロモーションでは所要時間に注目させ、新型車両を投入することによってニュースになることもあります。このためか、普通の鉄道ファンのジャンルに「セールスプロモーション鉄」はありませんし、鉄道ファン向けの雑誌に東海旅客鉄道(文中以下JR東海)が作成したCFの女優一覧が出ることはありません。

さて、東海道新幹線は日本国有鉄道の収益の8割をたたき出す優良路線であり、東名阪の3大都市圏をつなぐことから、3大都市圏を移動する人間にとっての移動手段の第一選択肢であり、いつでも乗車できる手軽さもあるためビジネスマンが良く利用します。このため、ダイヤグラムも車両もビジネスマン輸送に特化した仕様となっています。一般の鉄道では最優等列車は00分発といった覚えやすい時刻に設定されるのですが、東海道新幹線の場合、「1時発の新幹線を予約してくれ」と命令する利用者の座席指定リクエストの特性から最優等列車である「博多行のぞみ号」はは覚えにくい時間(6分発)に設定されています。毎時00分発は新大阪行きのぞみとなっています。このような特性を持つ東海道新幹線においてビジネスマン以外の人間に対するセールスプロモーションを行うという発想は通常出てきません。参考までに博多駅を発車する「東京行のぞみ号」は覚えやすい時刻に発射しますが、福岡市板付空港の所在地から鉄道ファン以外は選択しません。

 

2.イメージチェンジとしてのシンデレラエクスプレス

 

パリモンパルナス駅に停車中の高速鉄道TGVの車両 by David Monniaux

JR東海が発足した1987年、それまでの日本国有鉄道の持つイメージを取り払うべく、乗客の90%がビジネスマンであるという路線特性を無視した若い男女向けのセールスプロモーションが展開されます。これが松任谷由実の曲をモチーフにしてできた『シンデレラエクスプレス』キャンペーンです。元来は日帰り出張を意図して編成されたダイヤグラムを逆手に取り、午前0時ごろに新大阪駅に到着することを踏まえて『午前0時に魔法が解ける』ことと遠距離恋愛カップルの様子を重ね合わせる手法を取ります。また、次年度以降しばらくの間シリーズ化され、本セールスプロモーションで使われた曲目である松任谷由実「シンデレラ・エクスプレス」、山下達郎「クリスマス・イヴ」の知名度が上昇し、当該CFに出演した深津絵里、牧瀬里穂、RINA、溝渕美穂、吉本多香美、星野真里が注目されるようになったと同時に、楽曲に至っては今でもクリスマスの定番となっています。ちなみに、私が楽曲と女優を列挙するにあたりWikipediaを参照しています。私がいくら鉄道ファンであるとはいっても、シンデレラエクスプレスキャンペーンで登場した楽曲や女優の全部を覚えてはいません。

最初にも申しました通り、鉄道会社にとっての商品は第1にダイヤグラムであり、第2に接客設備を含む鉄道車両です。シンデレラエクスプレスキャンペーンは鉄道会社にとって重要な要素であるダイヤと車両を表に出したキャンペーンではありません。事実、初代シンデレラエクスプレスであるひかり289号は0系新幹線で運行されていたと記憶しています。なお、シンデレラエクスプレスキャンペーンは東京駅や新大阪駅にみられた風景をモチーフにしたものであり、ダイヤグラムの見せ方を変えているにすぎません。また、引き続き展開した「クリスマスエクスプレス」キャンペーンにしてもダイヤグラムの優位性と利便性を追求したキャンペーンではなく、「距離に負けない交際」という高速鉄道の可能性を示し、さらに鉄道の持つ「何となく存在する暗さ」を打ち破るキャンペーンであったといえると考えます。

考え方を変えることによって通常では相手にされない顧客に対して商品訴求をすることができることもあります。シンデレラエクスプレスキャンペーンやクリスマスエクスプレスキャンペーンは商品も企業も変えることなく見せ方を変えることによって新たな需要喚起とライフスタイルの提案を行うことができました。我々が事業を行うにあたっても、考え方を変えることによって需要を喚起する可能性があることをJR東海のシンデレラエクスプレスキャンペーン、クリスマスエクスプレスキャンペーン(このほかにもアリスのエクスプレスキャンペーンがある)は教えてくれます。また、シンデレラエクスプレスキャンペーンという、阪急電鉄でなければ出てこないような鉄道会社ではありえない発想は学生の就職志望ランキングを上昇させる効果もありました。ただ阪急電鉄は運行距離が短いという、本キャンペーンを打つには致命的な弱点を持つため出てきませんでした。

ちなみに、タイトルの「そうだ、クリスマスエクスプレスをブックマーク」はJR東海が展開している一般向けキャンペーンのキャッチフレーズである「そうだ、奈良へ行こう」「クリスマスエクスプレス」「Tokyo Bookmark」をくっつけているだけです。

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