J.C.ワイリー『戦略論の原点』を読む(4) 戦略論の肯定

小室直樹博士によりますと、経済学における理論とはモデルによって事象を説明するものであるといいます。このためモデルによって単純化するために起こっている事象のうち一部を無視することはあるといい、起こりうる事象を最もよく説明できるモデルを構築できる理論が優れた理論であるといいます。ワイリー提督も戦略論において同じことが言えるといい、「理論の有効性を計測する基本的な方法は、理論から導き出させる説明が、実際に起こった現実とどれくらい一致しているかを見ることにある」といいます。従って、理論の検証方法は「ある戦略理論に有効性があるとすれば、それは戦争に参加した何人かの軍人が、この理論が実戦で有効だと確信したからに他ならない(中略)実際に戦略を使う人間のビジョンを整えたり、処理しやすく実用的な形にまとめたり、直面した現実に適用するというような有益な目的のために利用することができる」かどうかにかかっているのですが、対象が戦争ですから検証することが困難であると断言できます。このことが戦略論をつかみどころのないものとするのであり、アカデミックな研究をする方がいないとまでは言いませんが少ない、特に本邦においては軍事アレルギーが強いこともありアカデミックな研究者が少ないように思います。  ワイリー提督が最初に挙げた7人の戦略思想家はコーベットを除いて研究者になるべき訓練を受けていません。更にリデルハート卿以外の5人は完全に実践者であり、己の頭脳だけで思索した方です。最もマキャベリと毛沢東は政治家であり、残りのジョミニ、クラウゼヴィッツ、ドゥーエは職業軍人ですから一定の訓練を受けていることは間違いなく、思考パターンと報告方法については軍人特有の法則性があるようです。ですが、知識を体系化して後世に伝達するのは学術的な方法によるのが一番であると私は考えておりますので、ワイリー提督が驚かれるように学術的方法論によって構築された戦略論が少ないのは戦略論にとってはよくないということになるのでしょう。とはいえ、これは戦略論の置かれた局面が兵学の一ジャンルであり、戦略論の使われる場面が最前線ではなく上級司令部であるため、戦略論は簡単には表に出ないという特有の事情があります。  では、戦略論を構築し、検証する方法論はないのかといわれると実は存在します。どなたかが言いましたが、「戦略論の理解は外交史を学べば足りる」という言葉があります。このことからわかるように歴史を使って検証する以外に方法はありませんが、ナポレオンだったかの言葉に「将軍は前の戦争の経験でもって次の戦争の準備をする」というのがありますが、この通りに準備すると将軍は戦場で何が起こっているかわからなくなります。したがって、有効な戦略論は可能な限り目前の現象を説明できる理論ということになりますが、直観によって帰納的に組み立て、演繹的に多くの事象を説明する理論が最も有効な戦略論となります。ここまでが準備の段階です。

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